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ダイエットに失敗した人必見の映画「THE ダイエット!」

ドキュメンタリー映画「THE ダイエット!」は、
ダイエット中の人、ダイエットに何度も失敗している人、ダイエットを指導している人必見の
映画です。

監督はオーストラリア在住の日本人、関口祐加さん。
そして主人公も、ご本人、関口さんです。
身長161㎝、体重95kgの関口さんは、子どものころから肥満。
日本では目立った体形もオーストラリアではめずらしくもないため、
「解放感」さえ味わっていた。
でも、さすがに、中年になると、自分の重さがキツイ。
シングルマザーの彼女には、一人息子と体を動かして遊べないのもつらい。
そこで一念発起して、ダイエットに挑戦。

いろいろやっても成功しないため、彼女は、精神科医のカウンセリングを受けることにする。

そして、自分が食べたいと思う意識の中に、二つのパターンがあることを知る。
辛いとき、ストレスがある時に食べたいのがピザ。
いいことがあった時の自分へのご褒美として食べたいのがチョコレート。

精神科医はどちらも食べるのをやめ、ヘビーなダイエットを課した関口さんに、
毎日チョコひとかけを食べるという「処方箋」を出す…。

ダイエットしたいと思う心の奥には、さまざまな意識が隠れている。
それに向き合えた時、初めて、
彼女は太リ続ける生活を変える糸口をつかんだ…。

さて、自分はなぜダイエットしたいのか、
なぜ、できないのか、
いろいろ考えさせられます。

7月25日~ 東京渋谷のアップリンクで上映されます。
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次の日食見るぞ~

今日は東京は曇り空。

楽しみにしていた日食、見られませんでしたね。

私は友だちや塾の先生と日食を見ると言って朝出かけた子どもから、
「ハムスターがどんな動きをするか、よ~く観察してね」と頼まれていましたが、
ハムスターはいつも通り眠っていました。

今日は人生最後の日食を見るチャンスかもと思っていたので、がっかりだったけど、
次に日本で日食が見られるのは26年後だそうです。

26年!
それなら、たぶん生きてるんじゃないかな。
いや、生きてるに違いない。
生きているほうに、かけます。

皆さんも、長生きして、次の日食、見ましょうね。

長生きと言えば、ブログでお知り合いになったthermeさんに取材した
アンチエイジングの記事、まだ、webで見られます。
たぶん、すぐに次の号に変わると思うので(次の号も私が書いていますが)、
今のうちに、皆さん見てください。

アンチエイジングで、次の日食を見ましょう。
私もがんばりま~す。



原稿チェック

取材をして、原稿を書いて、それをご本人にチェックしていただくときは、
結構緊張しますね。

取材したドクターに原稿を見ていただいて、その原稿が添付ファイルで戻された時は、
ファイルを開くのに、ドキドキします。赤字だらけだったら、どうしようとか。

でも、何も直しがなければないで、
本当にちゃんと見てくれてるのかなあと心配になったり。

先日、佐賀まで取材に行ったのですが、
とても忙しい先生で、
着くなり、「これ、用意しておいたから。全部見てくれれば原稿書けるはずだよ。これで書けなきゃプロとは言えないよ」と言われて、CDロム2枚差し出されました。

いや、でも、お話聞かないと…
とさらに食い下がったのですが、ひとつ質問するたびに、
それならこれがいい、あれがいいと、学会で使ったPPT資料や新しい本の原稿そっくりそのままとか、
ともかく次々資料を出されて、あせりました。

東京から行って、決められた1時間の取材時間のほとんどは、
資料を用意する時間、(しかもその日はトンボがえり)では、
あまりにもったいないと、相手の隙を見ては話を引き出そうとしたのですが…。

ほとんど宅配便やさんになった気分。

そんなこんなで帰ってきて書いた原稿を見ていただいたら、
あっさりOK、でした。
これで書けなきゃプロじゃないとまで言われて、
赤字だらけだったら、
プロ失格の烙印だ~と内心思っていましたので、
ほっとしました。

長くこの仕事していると、いろいろありますね~。

○○さんのお話、という形で掲載されるときは、
その方も、ご自分の発言が活字になるわけですから、
赤字が多くてもこちらは納得できる場合が多いのですが、

編集者に意味のわからない修正をされたり、
修正された部分でテニオハが間違えていて、
しかもそれがそのまま雑誌に載っている時などは、
すっごく恥ずかしいですよね。
(いやだ~。私の名前で間違いが永久に残ってしまうワン)

編集者の同行取材では、
自分で原稿書いた方が早いのでは?
と言いたくなるほど、修正を要求してくる方もいます。

でも、まあ、そういう方は、一生懸命仕事している人で、
基本的に悪い人ではないので、
うまくお付き合いしなければ、と思えるようになりました。

わたしもまだ、成長期なのね!

最近プリプリしたのは、弁護士の取材記事で
その人が「問題発見能力」と言っているのに、
編集者にわざわざ「問題を発見する能力」と書き換えられていたことです。

これはちょっと、かちんときた。
本人の言い回しはよほどのことがない限り、勝手に変えないでほしいんですよね。
「問題発見能力」ぐらいは、今時、中学受験の小学生だって使う言葉だろうが~。

あ、いけない! 
悪口になりそうだから、やめときます。

みなさ~ん、アツいけど、
夏休みまで、仕事がんばりましょうね~。

シングルマザーに応援歌

シングルマザー」という歌を聴きました。

SA.RI.NA.というレゲエシンガーの歌です。
この女性は、シングルマザーの娘さんなのだとか。

とてもいい歌なので、PV聴いてみてください。

私の周りにもシングルマザーや、シングルマザーの子どもがいます。(シングルファザーの子どもも)
みんな、一生懸命に働き、子育てしているし、
子どもたちは、ちょっぴりさみしい気持ちを持ちつつも、元気に遊んでいます。

「○○(子どもの友だち)は、毎月一回だけパパに会えるんだって」
「プロフィール帳の、ほしいもののところに、パパって書いてあったけど、プレゼントはしてあげられないしね」
と、子どもは仲良しの友だちの気持ちを推し量っているようです。

シングルマザーの子どもが虐待される事件が相次いでいますが、
その加害者がシングルマザーと同居する男、というのが圧倒的に多いと思いませんか?

女性が一人で子育てしながら働ける条件が日本にないことがいちばんの問題なのに、
政治は、シングルマザーを応援するどころか、
どんどん予算を削ってきました。

「生活保護の母子加算全廃」もそうです。
先日、国会では「母子加算復活法案」が参議院で可決されましたが、
衆議院は今のところ見通しが立っていません。

<生活保護の母子加算とは>
1949年、母子世帯の追加的な飲食物費として創設。
日常生活に使う生活扶助として、18歳以下の子どもと一人親の家庭に上乗せ支給された。
小泉政権下の「骨太の方針2003」で廃止の検討が始まり、
社会保障費の年2200億円抑制を打ち出した「骨太06」も踏襲。
16歳以上は07年、15歳以下は09年に全廃された。
現在生活保護を受けている母子世帯は約10万世帯で、
野党は母子加算復活には年間約180億円が必要としている。

<母子加算が全廃されたのは>
「母子加算を加えた生活保護額は、一般の母子世帯の消費水準より高く、加算は妥当ではない」
という、低い方に合わせるという論理でしたが、
その根拠となる数字がたった32の家庭の調査、
しかもその中には、
子ども二人いる家庭が子ども一人の家庭より食費が少ないというおかしなデータも含まれていて、
根拠と言えるようなものではなかったのです。

もう一つの理由であった、その予算を母子家庭への就労支援に回すというほうも、
就労に結びつくほどの成果が出ていないことがわかっています。

これひとつとっても、「シングルマザーいじめ」の政策が続いていることがわかります。

みなさま、
シングルマザーへの応援歌として、この歌を流行させ、
シングルマザーの声がもっと政治に反映されるきっかけにしませんか?、

それが、シングルマザーの子どもたちの命を救うことにもつながると思います。

愛を読むひと

もうご覧になった方が多いと思いますので、
多少(どころか、かなり)のネタばれを覚悟してお読みください。

映画「愛を読むひと」(原作「朗読者」)の話です。

試写会で見たのですが、
間違いなく、今年イチおしの映画ではないでしょうか。

ケイト・ウィンスレットがアカデミー賞主演女優賞をとったのもうなずける、熱演です。
ほかにも作品としてたくさんの賞をとっていますね。

ストーリーは、この映画の公式HPなどで読んでいただきたいのですが、

公開前の有名人コメントの中で、自分と最も近いなと思ったのが、
「感動どころじゃない。見終わってから立ち上がることさえできなかった」という
おすぎさんのコメントでした。

ハンナはユダヤ人収容所の看守として、虐殺の直接の加害者として裁かれる裁判の中で、
「ある秘密」を守ろうとして
他の女性たちより重い罪を認めるのですが、
その秘密の正体がわかると、ハンナのそれまでの行動がすべて腑に落ちます。

もちろん、彼女がマイケルに本を読んでもらったという事実も
「やはり」と思わせますが、
それ以上に、
映画にはまったく描かれていませんが、

貧しい環境で育った彼女が生き延びてくるなかでは、
相手が男性であれ女性であれ、
人と対等な関係を築くということを教えられた経験もなかったのだろうと察しました。

だから、マイケルに対しても命令口調、ユダヤ人に対しても命令口調、
ハンナにとって、人と人は命令するかされるかの関係でしかなかったのです。

獄中でマイケルに心を開いたハンナは
文字を学ぼうとし、ようやく対等な関係を、
塀の外側と内側で築く、かに見えます。

しかし、文字を獲得し、学び、
人間として、女性として、素直に自分の心と会話をしようとすればするほど、
看守時代におかした自分の罪の重さに打ちひしがれていったのではないかと思います。

文字の読めない、書けない人は、
実社会ではそれを補うために、
記憶力や判断力を研ぎ澄まし、鋭い直感で自分を守リ、
成長させるすべを身につけていきます。

だから、時に感情的になり、怒りをぶつけたり、
何の根拠もなく、深い愛情を何かに注いだりします。

それは、文字を獲得してしまった人間が
頭で想像しても、想像しきれない感覚なのではないか、と
私は、文字から切り離されている女性とのかかわりの中で考えたことがあります。

もう一つ、この映画は1980年代の話として描かれますが、
これが今映画になることの意味を、
日本の私たちがどれだけ受け止められたのか、ということも
気になります。

過去の戦争犯罪に、市民はどうかかわったのか、
普通の女たちが、虐殺に直接手を下した事実を
裁判で裁くということが、ドイツやヨーロッパでは戦後ずっと行われてきたし、
アメリカでさえ、戦争犯罪人はいまだに入国させません。

この間、アメリカの小説や映画で
たびたび、過去の戦争犯罪にかかわる話が
出てくるのを見ても、
それが今の自分たちの暮らしとどうつながっているのかを明らかにしようとする
アメリカ市民の意思というか、文化を感じます。
それは今も戦争を続けている国だから、なのかもしれませんが。

これに対して、日本では、過去の犯罪に対しては
責任者に対しても一般兵士に対しても、寛容すぎるほど寛容で、
そこに足を踏み入れようとすると、徹底的な反発をうけます。
戦後の日本の医学が、戦争と深くかかわった人々によって再建されたということも含めて。

このことは、加害を背負わされた人にとっても、
謝罪することも、希望を見出すことも許さない、
「社会的ネグレクト」ではないかと、
私は思うのです。

結末近くで、
ハンナの残したお金を受け取ることを拒否する「被害者」の遺族の、
「気持ちだけは受け止めた」という表情は、

加害者と被害者の「和解」のむずかしさや、
それでも希望はないわけではないという可能性を思わせてくれました。

この映画は、恋愛映画としても高く評価されるべきだと思いますが、
それも、戦争という、個人で超えることのできない国家犯罪にかかわらざるを得なかった女性と、
たまたま少し遅れて生まれた世代の恋愛であり、
そんな二人の生き方、愛し方をを深く描こうとした点でこそ評価されるべきでしょう。

「あなたなら、あのときどうした?」というハンナの問いに、
私たちは答えを探さなければならないと思うからです。

そんなことをいろいろ考えていると、
「愛の深さを感じた」とか「感動した」「泣いた」という映画のコメントを読んでも、
薄っぺらだなあと思ってしまい、
結局、おすぎさんのコメントが一番しっくりするのです。

  

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