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人のいのち

娘が4,5歳のころ、
何か、楽しいことが終わったときに、自分を諭すように、
「始まりがあれば終わりがある」とつぶやく口癖があり、
そのたびにぎくりとしたことがある。

どうやら保育園で覚えてきた言葉らしい。

そう。すべてのものには、始まりと終わりがある。
人の命も同じだ。
誕生があり、死がある。

その起源がどこなのか、その終わりがどこなのか。
科学がいびつに発達している現在、その答えはなかなかわからないけれど。

そして、私たちは普段、自分にもやがて死がくるということを
意識から遠ざけて生活している。
生存本能なのか。
無意識の意識が働いているせいかもしれない。

しかし、ときどき、死というものを直視しなければならないときがある。

病気や事故、災害。身近な人や自分と似た人が置かれた状況から、
自分も死と隣り合わせに生きているのだということを認めざるを得なくなるのだ。
まして、私の年になると、まわりにも、親や友人を亡くしたという話が増えてくる。

新聞の訃報欄など若いころは見たこともなかったが、
最近はつい、見てしまう。

高齢出産のため、私の娘は、私の年齢が友達の親と比較して一回りも上だということを
いつも冗談交じりにからかうが、
時折、真顔で、「お母さん何歳まで生きる?」「私が60歳までは生きてて」と言う。

「それじゃ、百歳まで生きないとね。…まあ、百歳は無理かもしれないけど、大丈夫! 
ひいおばあちゃんは88歳まで生きたし、おばあちゃんももう85歳過ぎてるんだから、お母さんもそのくらいは長生きするよ。だから、早く大きくなって、お母さんの手を引いて、世界中のあちこちに連れてってよ」

そんな会話をもう何回繰り返したか。

だが、そううまく、最後まで元気で長生きできる保証はどこにもない。

春休みに、脳梗塞で倒れていらい病院にいた母親の見舞いがてら帰省したが、
少し前に病院から介護施設に移った母は、
環境の変化に対応しようと一生懸命に生きていた。

話せないけれど、頭はしっかりしているから、自分の意志がうまく伝わらないことにイライラが募る。
そのイライラを職員にはぶつけられないから、家族、特に娘の私には態度でぶつけてくる。

一方、同じ施設に親戚のおばさんもおり、そちらは認知症で、私はおろか、自分の娘にも
「どちらさん?」と聞くそうだ。
娘の一人(私にとってはいとこ)は「せつない」と泣いていた。

頭ははっきりしているけれど、自由に動けない、しゃべれないのと、
身体の自由はきくけれど、うつろな状態でいるのと、どちらが幸せなんだろうか。
長生きするというのはうれしいことなのに、なぜこうも悲しいんだろうか
と、老親を持ついとこ同士の女二人で、しんみりしてしまった。

本人たちが少しでも快適でいられる時間が長ければ、それに越したことはないのだが、
今の社会、福祉の体制では、そのことに十分、心を割く人も余裕もない(自分も含めて)。

昨日は、友人の父親が先月亡くなったと聞いた。
亡くなる前は、3カ月の期限が来るごとに、病院を4つも転々とせざるを得なかったそうだ。
病院探しの家族の苦労も想像に余りあるが、
病気の高齢者にとって、それがどれほどの心身の負担になることか。
いまの老人介護政策は、「介護」とはほど遠い、棄民政策なのだ。

うまく長生きしたとしても、
どんなふうに最後の時間を過ごせるのかと考えると、本当に恐ろしい。

もっと真剣に、自分の問題として、介護の問題に目を向けなくては、と思うのだが、
やっぱり、今のことに精いっぱいで毎日が過ぎてしまう。

2月に亡くなったアイヌ刺しゅう家、チカップ美恵子さんは61歳という若さだった。
仕事で知り合って、プライベートなお付き合いもあったので、
ここ何年か、コンタクトを取っておらず、闘病生活も知らずにいたことが心残りだ。

「今度、会おうね」と毎年年賀状に書きながら会わずにいる友人たちとも、
会えるときに、本当に会わなければ。

チカップさんが闘病中に書き残した本「カムイの言霊」の本に、
薪が、役割を全うして、燃え尽きる寸前に、神様に最後の望みを聞かれ、
「自由に大空を羽ばたく鳥になりたい」と願ったところ、本当に鳥になったという寓話が出てくる。

勝手な解釈ではあるけれど、
私の母や認知症のおばさんは、長生きすることによって、私たちにどう生きるか、どう死ぬかを
教えるという最後の役割を全うしている最中なのだと思うことにした。

私たちがそのことを考える時間を持つことで、
きっと神様に最後の願いを聞いてもらえるはずだから…。

そんな事を思いつつも、知り合いからいい映画のチケットがあるからあげる、
と言われた介護をテーマにした映画
「ただいま、それぞれの居場所」(ポレポレ座で上映中)を見るのは「パス」してしまった。

やっぱり、現実と向き合うのは気が重くて、タフな精神が必要だ。

(念のため、今落ち込んでいるわけではありません。
この間、つらつらと考えていたことを、まとめて書きました)




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